ManyBabies-AtHome

ManyBabies-AtHome|オンラインでの乳児研究プロジェクト

京都大学博士課程・発達科学者 萩原広道執筆

1.はじめに

さまざまな学問分野が,コロナウイルスの影響を受けています。研究室が閉鎖になったり,フィールドに出ることができなかったり,資料が入手できなかったりと,困難な問題に直面している研究室も多いことでしょう。

子どもを対象に調査・研究を行なう発達科学も,まさに深刻な問題に直面しています。特に,お子さんに研究室にお越しいただくことができないので,多くの研究室が,新たに調査・研究を行なうことができない状況に追い込まれています。

そういった状況のなか,辻晶博士 (東京大学ニューロインテリジェンス国際研究機構),Dr. Christina Bergmann (マックスプランク心理言語学研究所),Dr. Rhodri Cusack (トリニティ・カレッジ・ダブリン),Dr. Lorijn Zaadnoordijk (トリニティ・カレッジ・ダブリン) がリーダーシップを執り,「ManyBabies-AtHome: Looking preference studies in infancy at home」という,オンラインでの乳児研究に関する国際プロジェクトが立ち上がりました。

このプロジェクトは,「発達科学の再現性」の問題に取り組む大規模な国際プロジェクト「ManyBabies」の新規下位プロジェクトとして採択されています (ManyBabies全体の概要については後述します)。

「ManyBabies-AtHome」のSlackワークスペースには既に150人を超える世界中の発達科学者が集っており,知見を共有したり,方法論や倫理上の問題について議論を交わしたりと,活発に交流しています。このプロジェクトは,現在の険しい状況の中でも科学の進歩を止めないようにするための創意工夫から生まれた,新しい発達科学のコミュニティといえます。

 

2.プロジェクト立ち上げの趣意

近年の乳児研究では,お子さんとその保護者に研究室までお越しいただき,データの質を高めるための様々な配慮がなされた環境下で調査・研究に参加してもらうというスタイルが多く採られてきました。

それに対して,例えばLookit(MIT)Online BabyLab(UNIVERSITY OF PITTSBURGH)のように,家庭にいながら調査・研究に参加してもらい,オンライン上でデータ収集を行なうというスタイルも,2016年頃から少しずつ提案されてきました。

しかしながら,既存の提案手法には課題が残っており,広く発達科学者が利用できるような状況にはいまだ至っていません。例えば,「家庭ごとのスクリーンサイズや視聴覚刺激の統制が取れないこと」「調査場面の録画映像を収集する際のプライバシー配慮に関する手続きが整っていないこと」「遠隔では詳細な視線情報の取得が難しいこと」などが挙げられます。

そこで,世界中の発達科学者が集い,知見を共有し,方法論上の問題について議論していくことを通じて,(少なくとも現時点において) 最適と思われるオンラインでの調査・研究の手法を確立しようというのが,当該コミュニティ立ち上げの意図です。

 

3.日本の発達科学者の皆さんへ

現在,このプロジェクトに関す議論はSlack上で,かつ英語で行なわれています。

コミュニティを立ち上げた辻先生の話では,ぜひこのプロジェクトに,日本の発達科学者もどんどん加わってほしいとのことです。もし,多くの日本人研究者がSlackに参加するようになったら,ワークスペース内に日本語のサブチャンネルを設けることも検討されています。

困難の時代だからこそ,国際的プロジェクトの中で世界中の研究者同士が手を取り合って,発達科学を停滞させることなく,さらに推し進めていけたらと思っています。そのために,辻先生の許諾を得て,日本語での情報発信を行なっている次第です。

 

4.Slackに参加するには

「ManyBabies-AtHome」のSlackに参加を希望される方は,こちらのフォーム(別ウィンドウでフォームが開きます)からお名前・ご所属・メールアドレスをお知らせください。追って,Slackの招待メールをお送りします。また,プロジェクトの進捗はGoogle groupのメーリングリストでも共有されています。こちらの申込も同フォームより受け付けます。
※フォームにご記入いただく情報は,プロジェクト参画にかかる手続きにのみ使用されます。それ以外の目的では使用されません。フォーム内でスクロールして,必ず「submit」ボタンを押してください。

 

5.(補足) ManyBabiesと「発達科学の再現性」

心理学における再現性の問題は,近年注目を集めている重要なトピックのひとつです。例えば,国内誌「心理学評論」や,乳児研究の国際誌「Infant Behavior and Development」誌などで特集号が組まれています。

ManyBabiesプロジェクトも,このような再現性に関する問題意識から立ち上がったものです。特に,乳児研究における重要なトピックを選定し,世界中のさまざまな研究室と共同して,既存研究の大規模な追試を行なう活動が有名です。すでに,「対乳児発話 Infant-Directed Speechに対する乳児の選好性」に焦点を当てた下位プロジェクトについては,研究成果が複数の論文(References-Publications from the ManyBabies Project)として出版されています。

ほかにも,「乳児における心の理論」「道徳的認知」などをターゲットにした下位プロジェクトが現在も進行中です。

「ManyBabies」に新たに加わった「ManyBabies-AtHome」ですが,プロジェクトはまだ動き始めたばかりです。オンラインでの乳児研究は,今後ますます必要になってくる事柄だと思います。このプロジェクトに参画することで,最新の情報を入手・共有しながら,新しい枠組みを世界中の研究者の力でつくっていけたらと思っています。